純米@大吟醸

美しいと楽しい、旅と音楽と日々のこと。

45:パリの思い出

 “ユーロスターは狭くてつまらなくてずっと寝ていた”という日記の横に

オプティフリーは痛い出費

というメモがあった。そうそう、ロンドンでコンタクト洗浄液のオプティフリーを購入していた。私は普段はそれほど物を無くしたり忘れたりしないのだけど、旅の途中は仕方ないかなと思っていた。

 仕方なくロンドンのマツキヨのようなお店で買ったのだけど高い。大きい入れ物で2500円くらい。日本のドラッグストアでは同じような大きさがもうひとつと小さいボトルも付いた三点セットで千円以下のコンタクト洗浄液が2500円。思っていたより日本はこういう生活用品が安い。何でも現地で買えばいいなどと思わず、しっかり備えて行くのが良いと教訓になった。

日本人

 パリはロンドンよりもっと都会だった。というか観光客が多い。そしてめんどくさい人が多かった。最初にめんどくさいなと思ったのはなんと日本人。ホテルに入るなりロビーで出くわした同じくらいの歳の日本人女性だった。

「部屋ないですよー」

 謎の偉そうな態度(笑)彼女は友達らしき日本人数人とロビーでたむろしていた。予約しないで来たらしい。なぜだかホテルの人に近くの似たホテルを探させて、夜になってくる雨のパリで荷物を下ろせないことにイラついているみたいだった。

 ヨーロッパの冬場は夏に比べて観光客がかなり少ない。だからなのか、ホテルに行ってみて空きを確認するという人も多かった。私も田舎ではそうしていた。ただし、事前に電話で一応聞く。そんな現実にも関わらず、あまりホテル事情が良くないと言われるパリに予約しないで来るとは余裕だなと思った。

中国人

「あっ、これこれ」

 レセプションの女性が見るモニターに自分の名前を見つけて指差した。お客から予約情報の画面が見えていいのかという疑問には触れないでおく。とにかく、私もさっき話しかけてきた日本人女子と同様に予約がないと言われ、確認し直してもらっていた。今と違ってiPhoneで“予約済“のメール画面を見せることができない時代の話だ。

 パスポートと照らし合わせて確かに私の予約が入っていることを不思議がるレセプションの人。 私は気づいた。画面の予約リストの中に国籍があって、私の国籍が中国になっていたのだ。だから首を傾げていたのか……。私の名前は今の日本では普通の名前だけど、いろいろな別の国の人に間違えられることが多い。この時は中国。イラっとするけど、それは外国人をひとくくりにする日本人が言えたものではないか。

フランス人 

 旅日記のフランスのページを見ると至る所に

“フランス人はあまり好きになれない” 

と書いてある。今考えるとフランス人ではなく、パリ人だと思う。とりあえず道でぶつかっても「パルドン」と言えばいいと思ってる感じが嫌だった。痛かったし。

 お高く止まってる感じも鼻についたし、自分が良ければそれでいいと思ってるなと感じること常だった。私にはパリが好きで語学留学をしていた友達がいた。その子に何でこんな所が好きなのか聞きたかったくらい。

 合う合わないは人それぞれだから仕方ない。何か違う経験ができたら違う印象を得られたのかも。

ケーキ屋さんのマダム

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  でも、素敵なマダムもいた。ホテルの近くのパン屋さん。フランスは確かにパンがおいしく、いろいろなお店で買って食べては日記にもおいしいと書いていたようだ。わざわざパン屋が日本に来る訳だ。だけど、日本で買うように卒倒しそうな高級さではなく普通の庶民価格だった。

 素敵なマダムがいるお店ではバゲットとイチゴタルトを買ったらしい。チョコレートタルトだと記憶していたんだけど、それは別のお店のことかも。この方の見た目はまだ覚えているから、後で描きたい。ナチュラルなボブヘアで華奢な体に薄手の黒のニットとグレーのペンシルスカートを履いていた。物腰も話し方も柔らかく「ボンジュール」が素敵。

 客商売故のスキルなのだろうけど、人に素敵だと印象を残すのは大変なこと。日本のパン屋にもお高くとまってる方がいるから、あの人は素敵だったなと余計に感じるのかも。

横断歩道でロシェをかじる父親

 これはパリで見た衝撃の家族風景。

 街中で父母と小学生くらいの娘ふたりが一緒に歩く姿を見た。子供達もシックなワンピースと革靴を履いていたから、きちんとした家のきちんとしたお出かけだったのだろうと予想した。お父さんはグレーのストライプのスリーピーススーツ。スラリと細身のおしゃれな人だった。

 でも、そのお父さん。母娘と離れて、何かせわしなく歩いていた。よく見ると手に大きなロシェ。ロシェというのは丸い形のチョコレート。砕いたナッツとチョコレートが絡まって、中にはヘーゼルナッツクリームが入ってる物で、カルディで金色の包み紙に包まれた物をよく見る。このお父さんはすぐ横のショコラティエでロシェを買って食べていたのだった。

 そのロシェは日本のおはぎの半分くらいある大きな物で、お父さんは包み紙を開けるや否やかじりついた。横断歩道の上なのだけど……。その姿があまりにもはしたなくて、私は思った。

「お父さん、家までがまんできない?」
「自分だけ今、食べないとダメなの?」

 鍵かっこにしたのは声に出したから。あまりに驚いて、日本語で友達に言ってしまった。なんだかな。こういうところが胸キュンなのかな。と、若い私は思った。

 

 と、こんな感じに私のパリは素敵と嫌が半分くらいだった。あれから行ってないけど、今行ったら違う気持ちになるのだろうか。行けるようになったら行ってもいいななんて、こんな状況だから考えている。

 

 今日の場所は、大吟醸トラベルマップの45番。

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