純米@大吟醸

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95:洋上の正露丸の思い出

  • 隣の人がお腹痛い
  • 客室乗務員さん
  • 正露丸すごい

 もうひとつ香港にまつわる話を思い出した。しかも、これもまたクリスマスの話。

 ニューヨークから成田に帰る飛行機に乗った時だ。隣の窓際席に乗っていたアジア系の男性がお腹が痛いと騒ぎ出した。客室乗務員に訴える。でも、胃が痛むのかお腹が下っているのか詳細が微妙で、痛い痛いウーウーと唸るだけでよくわからない。ふたりのやりとりは通路側席の私の頭上で行われていたから、全部が耳に目に入ってきた。やがて、客室乗務員さんが何か薬を渡し、飛行機は飛び始めた。

 その後もだいぶ苦しそう。私には医術の心得もないので何のアドバイスもできないし、万が一何かあったらもっと何もできない、どうしようと思っていた。でも、ウトウトしていつの間にか眠り、気づけばご飯の時間になっていた。ふと横を見ると、おじさんは平静を取り戻している。つい「大丈夫ですか?」と聞くと元気そうだった。食事の準備に回り始めたさっきの客室乗務員さんも声をかける。するとおじさん、

「あの薬が効いたよ。なんだあれ、すごいな!」

 何の薬だろ?効き過ぎのような?とひとりで考えを巡らせていると客室乗務員さんが私にいたずらっぽく笑いながら、日本語で言った。

正露丸をあげたのですよ」
「ぷっ!」

 私、爆笑。

「笑ってるけどあの薬はすごいよ」とおじさん。
「はい、知ってます」と私。

 まさか、日本を代表するお腹の万能薬が、国際線でたぶん日本人でない方のお腹を治すとは思っていなかった。だって私の目の前で渡されてた時、まったく匂いがしなかったし。

 おじさんはもう普通にご飯を食べられるようになっていて、その後はいろいろと話した。聞けば、香港出身の大学の先生でクリスマスに帰るところだそう。その後はアメリカの話や日本の話をたくさんして、楽しく成田に到着。香港行きへと乗り換えるおじさんを見送った。

 改めて思う。正露丸は恐ろしいほど効く。お腹に暗雲が立ち込めたら飲んでおけばいい。残念なのは、おじさんはなぜ普通に飲めたのかを聞き忘れてしまったこと。おじさんは正露丸を知らなかった。突然あの真っ黒くて丸くて微妙に柔らかく、強烈な匂いを放つ火薬みたいな玉を飲めと言われても、私は素直に飲める気がしない。だけど、おじさんは迷いなしに飲んで回復した。環境に順応するとはこういうことなのか。感心してしまった。

 同じアジア系だし漢方等の東洋医学に馴染みがあったのかもしれない。または糖衣錠だったのかも。いや、違うな。あの時の客室乗務員さんの顔は確かに、黒い玉の正露丸だと言っていた。

 香港も客室乗務員の方も大変な時を迎えている。おじさんもお姉さんも元気かなぁ。