42と43:オーストエンデとドーバーの思い出
普段はまったく使わないけど、Google Mapには海路も出ている。それで知った。今日書こうと思っていたフェリーが今はもう運行されていないらしいことを。
イギリスに渡る
ベルギーの西の果てにオステンデという海辺の街があった。Oostendeと書いて、今調べたところ“オーストエンド”と読むらしい。難しいオランダ語?Oが重なるとかわからない。私はそこからイギリスに渡った。外国人の旅行客はおそらく取らないルートで行った理由はたぶん、旅行会社か緑の窓口みたいな所の方にオススメされたから。
当時は確かユーロスターが開業して数年だった。電車でパリまで行ってユーロスターに乗ればすぐ着くのは知っていたけど、物珍しさよりヨーロッパまで来て日本の新幹線みたいな物に乗ってはおもしろくないという気持ちが勝った。だから私は「何かおもしろい行き方はないか」と尋ねたのだと思う。
フランスのカレーから海路があるのは知っていたけど、ベルギーからイギリスに行けるのは知らなかった。おもしろそう。それで行く。当時の私はそんなノリだった。若い。
激揺れのドーバー海峡
だけどフェリーに乗り込むなり、私たちは後悔した。日本にもあるのか知らない大型の船。
一瞬で船酔いした……(泣)
私も友達も車に酔うタイプではない。なのにSeacatという名のそのフェリーに足を踏み入れるなり、エンジンの振動だけで酔った。あれは何だったんだろう。
波がとにかく荒い。私が知っていた波なんて所詮、日本の内海とすぐ前に体験したスウェーデンの海くらいだったから仕方がない。ここの波はそれらの遥か上だった。それ以降にドーバー海峡を泳いで渡る挑戦の話を聞くたびにモンスターだと思うくらい。
だって、大型のフェリーが揺れまくる。 手で体を支えていないと椅子から転げ落ちそうだった。ものすごく大きく揺れると反対側の窓から海面が見えるくらいに傾いた。こういう遭難映画があったと思う。
MajiでHakiそう5秒前
だけど、フェリーに乗った人たちは平気みたいだった。このフェリーはどうやら青函連絡船のような交通手段。誰も彼も免税でタバコとお酒を山のように買っていて、客室の真ん中にある大きなバーカウンターでお酒を飲んでいた。私たちが吐きそうだった要因のひとつは、このバーカウンター。普段はお酒好き。だけど、船酔い真っ最中でアルコールの匂いはきつかった。
寝たくても、揺れて揺れて眠れない。据え付けられたフカフカの椅子とテーブルで横になって寝るツワモノを尊敬した。私は岸はまだかとひたすら耐えて、やっと着いたその時、順番を守って船を降りるのがもどかしかった。
「私、あと五秒で吐く」
と、友達と何度も言い合った記憶がある。吐かなかったのが不思議。どのくらいキツかったかと言うとあれ以来、非常用ポーチに必ずトラベルミンを入れているくらい。そのくらいトラウマになった。
丘に立つドーバー城
上の絵はドーバーに到着時、港から見えたお城。寒々しい雰囲気の港町だったけど、そのいかにも王子様が助けに来てくれそうな古いお城を見てテンションが上がった。そのままドーバー城と言うらしい。
コナン ドイルの『ナイジェル卿の冒険』『白衣の騎士団』の時代のお城はこんな感じかと思ったら、こちらは十一世紀に作られたらしい。古い。行ってみればよかったなと今、後悔してる。
高台の上にお城が建っていることしか覚えていなかったけど、写真を調べてみたら、ただの崖だと思っていたところは人の手が入った砦のようにも見える。町の東側にもダイナミックな崖が広がっているし、ここはもう一度行かないとだ。
この時はロンドンに行かなくちゃだったから、言われたとおりに電車に乗り換えた。途中通ったカンタベリーも素敵そうだった。ここにもきっとまた行くことだろう。
今日の場所は、大吟醸ドラベルの42番と43番。